キイロショウジョウバエは発生と生殖の研究に広く使われているモデル生物です。
ショウジョウバエは生活環でいくつかの発生段階を経て成長し、発生研究する上で、各段階それぞれが特有の研究材料になります。
このビデオでは、ショウジョウバエの発生と遺伝的交雑を含む生殖の基本、そして創傷治癒から行動に至る様々な研究への応用について見ていきましょう。
まずは、ショウジョウバエの生活環について学んでみましょう。
ショウジョウバエの発生は、4段階から成り、胚期、幼虫期、蛹期、成虫期があります。
胚は、大きさ約0.5mm、形は楕円型です。 胚は受精後、大きくなることなく直ちに有糸分裂を開始します。 接合体の核は9回分裂を行います。 しかし細胞質分裂はせず、シンシチウム胚盤葉と呼ばれる多核細胞を形成します。
シンシチウム胚盤葉内のすべての核が同じ細胞質を共有するため、タンパク質は自由に拡散できます。 そしてモルフォゲン勾配をつくります。 これは体の設計やそれぞれの器官、組織形成に重要となります。
10回の 細胞核分裂を終えると、核はシンシチウム胚盤葉の周囲に移動します。
受精後約3時間で13回目の核分裂が起き、シンチウム胚盤葉内の6000個の核がそれぞれ細胞性胚盤葉を作り始めます。 細胞性胚盤葉は単層で構成されていますが、原腸胚形成と呼ばれる過程で、複雑多層へと変わります。
原腸胚形成期、細胞形状の変化により単層の陥入が起こり、最終的に内胚葉、中胚葉、外胚葉が形成されます。
内胚葉は消化管、中胚葉は筋肉や心臓、外胚葉は表皮や中枢神経系ニューロンへと分化します。
24時間後には、胚から幼虫がふ化します。
幼虫は白くて蠕虫(ぜんちゅう)様体節もっています。 湿ったエサの周辺をはい、絶えず食べ続けるため、急成長します。
幼虫期には生まれて24時間までの1齢幼虫、次の24時間の2齢幼虫、更に次の48時間の3齢幼虫の3段階があります。 どの段階でも脱皮を行います。 蛹化の準備ができたら、3齢幼虫はエサから離れバイアルの側面のような硬い場所にくっつきます。
さなぎは動かず、初めは柔らかく白色、最終的には硬く、茶色になります。 4日をかけて、幼虫組織は退化し、成虫組織が出来上がります。
羽化は蛹期の終わりを示し、成虫となったハエが現れます。
羽化の8時間後、成虫は交尾をし始めます。 そしてまた新たな生活環に入ります。
25℃の環境下では10日で生活環が完了します。 これは温度依存的であり、18℃では約19日と長く、29℃ではたったの7日です。
発生の間ずっと、入念なパターン形成遺伝子調節により、ボディプランが確立され、それぞれの組織、器官が特定されます。
ここで重要なのは、器官の頭節から尾節までの位置情報を決定する前後軸の確立が、いくつかの遺伝子群により調節されているということです。
まずメスの母性効果遺伝子が、卵母細胞に与えられ、受け継がれます。 シンシチウム胚盤葉内での初期胚の前後軸の形成に重要な役割を果たします。
具体的には、 bicoid(ビコイド)遺伝子が頭部と胸部を含む前部を、 nanos(ナノス)遺伝子が腹部を含む後部を決定します。
次は、母性効果因子によって調節される分節遺伝子についてです。 ギャップ遺伝子とペアルール遺伝子があります。
ギャップ遺伝子は、胚を大まかに分割し、前後軸に沿って分節化ボディプランを確立します。
ペアルール遺伝子は、前後軸と垂直に縞模様を発生し、さらに胚を細かく分節化します。
その後、engrailedのようなセグメントポラリティ遺伝子が、それぞれの分節内の細胞の運命を決定づけます。
最後に、ホメオティック遺伝子が、羽や足などの解剖学的構造を特定化していきます。
興味深いことに、染色体上の遺伝子の順番が、前後軸に沿って形成していくときに重要になってきます。
ショウジョウバエは非常に生殖能力の高い生物で、生涯で何千もの子孫を残します。
メスは一日に何百もの卵を産み、交配により常に受精卵を持ち続けることができます。
また、ショウジョウバエは性的二形をもつ生物で、性別によって個体の形質が異なります。
具体的には、オスはメスに比べ小さく、下腹部と同じ暗黒色の外性器を持っています。
また、前脚には交配の際にメスにしがみつくためのセックスコームと呼ばれる毛の斑点があります。
これら性差によりメスとオスを簡単に見分けることができ、特に遺伝的交雑のセットアップに便利です。
遺伝的交雑は、遺伝子学研究に有益なテクニックです。
さあ見ていきましょう。
まずは、必要なジェノタイプを持つ処女雌を集め、交配をコントロールします。
ショウジョウバエは、羽化後最初の8時間は交配ができないため、成虫になったばかりの処女雌を集めることができます。
羽化したばかりのメスを収集するためには、まずすべての成虫を処分し、バイアルをきれいにする必要があります。
3、4時間おきに新たに羽化した成虫をチェックし、メスだけを新しいバイアルに集めます。 処女雌の体はとても明るい色をしており、腹部に黒い胎便が見えます。
準備が整ったら、 希望の個体群のオス4から6匹と同数の処女雌を 温度25℃、湿度60%の条件下、バイアル内で交配させます。
3、4日経つと、幼虫が出現します。 交配を防ぐため、親は別のバイアルに移します。
約10日後には、その1世代目が遺伝子検査の対象となります。
研究でよく使用される、バランサー染色体は、遺伝子の組み換えが起こらず、カーリーウィング、つまり曲翅(きょくし)の遺伝情報を維持でき、ジェノタイプの正確性を裏付けることができます。
2つの異なる変異を持つハエを作成する場合、バランサー染色体Curlyをもつ突然変異体#1と#2を交配させます。
曲しを持たない子孫が、両方の変異をもつヘテロ接合体であることが分かります。
他にUAS-GAL4 systemを用いた、組織特異的な遺伝子発現誘導やノックダウンを実施する方法があります。
GAL4は酵母転写因子であり、組織特異的プロモーターにより制御されます。 UASは上流にある活性化配列で、目的遺伝子の発現を制御します。
組織特異的GAL4導入遺伝子をもつハエと、目的遺伝子を下流に含むUAS導入遺伝子をもつハエを掛け合わせると、GAL4タンパクとUASが結合し、目的の遺伝子を発現させることができます。
例えば、UAS-GFPと、さなぎの羽原基特異性apterous-GAL4を掛け合わせると、それらの細胞でGFPがはっきりと発現します。
ショウジョウバエの発生と生殖の研究は様々な場所で応用できます。
一つ目は、求愛などの行動解析です。
求愛行動では、オスがメスに寄って行き、自分の前脚をメスに
くっつけてタッピングしながら、後ろについて回ります。
もしメスが受け入れるのなら、オスにマウントさせます。オスは腹部を曲げ丸くなり、精液をメスに注入します。
突然変異体の求愛行動解析により
遺伝子制御について洞察することができます。
ショウジョウバエの発生は、たくさんの細胞運動や形態変化を含む非常に動的なプロセスであり、ライブイメージングを使って研究されます。
例えば、胚発生時の背部が閉塞していく過程では多くの細胞が関わり合って、まるでジッパーを閉めるようにふさがります。
発生時の胚部閉鎖は、創傷閉鎖の臨床研究モデルとして利用されています。
3つ目に、ショウジョウバエ発生プロセスを理解するために利用されるのが、RNA干渉を用いた遺伝子ノックダウン法で、逆遺伝子スクリーニングにも利用されます。
例えば、二本鎖RNAを胚に注入することで、器官発生をノックダウンする遺伝子が導入できます。
ここでは、RNA干渉により、気管形成時の融合に重要な遺伝子を特定しました。
JoVEキイロショウジョウバエの発生と生殖導入編をご覧いただきありがとうございました。 今回は、ショウジョウバエの各発生段階の特徴を含む生活環、生殖能力の遺伝子学や遺伝交配の研究への応用法、そして、行動、創傷閉鎖、器官発生など複雑なプロセスの解明のためにショウジョウバエの発生、生殖がいかに有益であるかということを学びました。